

1990年から2010年まで京成のスター「スカイライナー」として運転し、新AEにその座を譲ってからも本線の優等列車「シティライナー」として運転されていたAE100が28日に引退する
21日と28日の2回に分けて行われたさよなら運転ではスカイライナーが入線した路線を出来る限り走行するというものでした。
側面には当時のスカイライナー仕様に戻され、久々に見たskylinerのロゴが懐かしく思えた。

経路は京成上野~[上野線]~高砂~[成田線]~小岩~青砥~[押上線]~八広~高砂~[成田線]~成田~[東成田線]~東成田(廃ホーム)~成田~駒井野信~[空港線]~成田空港(アクセスホーム)~成田空港(本線ホーム)~宗吾参道
だった。

車内では記念品が配られ、21日の行路表と発売予定DVDの「ザ・ラストランスカイライナー・シティーライナー」、登場時のパンフレットの復刻版などが配られた。

記念品(一部)

東成田では念願の旧成田空港ホームに降り立つことができ感動!まさかここまでするとは思いもしなかった。
1990年ですから広告もスペーシアの登場時のもの、スカイライナーの広告も旧AEが出てたりとタイムスリップしてしまったかのような感覚であった。

メトロネットワークの紙ももちろん営団時代。半蔵門線がまだ三越前までしか開通していないのにも注目されたい。

改札階も特別に公開されていたらしく、私はホームを見学するのが時間目いっぱいだったのが残念。

東成田では特製弁当が配られた。この掛け紙も上野駅で使用されていないものが事前に封筒に入っており、なかなか配慮が行き届いていた。

中身も豪華なもので、成田空港~宗吾参道の30分程度ではもったいないくらいのものだった。

掛け紙

定刻通り宗吾参道に到着。1号車から順に4号車のドアに案内され降ろされる。
降りたら撮影会→物販となった。

なかなか撮れない角度で撮影もでき、ライトもリクエストに答えて点灯された。

京成パンダも出演。ツアー参加者をもりあげさせた。

25年経つとは思えないこのフォルムは日本に来る外国人に胸を張って迎えるのに相応しいデザインだった。

持参したAE100と最後の対面。これで私はAE100の動く姿は最後だ。幼少期から親しんできた京成の車両が3300とAE100とで相次いでなくなっていくのはとてもつらく、しかし時代の流れの中利便性・快適性が上昇していったのは間違いではない。この車両たちは今日の京成を走り続ける車両たちの糧となった車両とも言えるであろう。

元祖エアポート・エクスプレスにも優る貢献をしたAE100はこの中に入れるのか・・・
スポンサーサイト
←押すといいことありますよ
- 2016/02/23(火) 01:35:58|
- 鉄道
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0